東京地方裁判所 平成5年(ヨ)2356号 決定 1993年11月19日
債権者
大西隆
債務者
株式会社クリンパル
右代表者代表取締役
江澤正敏
右訴訟代理人弁護士
船越廣
主文
一 債権者の申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
事実及び理由
第一申立て
一 債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成五年六月二七日以降本案の第一審判決に至るまで毎月二七日限り月額二五万円の割合による金員を仮に支払え。
第二事案の概要
一 前提となる事実
1 債務者は、空調機器、暖冷房、電気設備等の運転保守管理、警備保障及びビル管理人派遣業務、建物内外の毎日清掃及び定期清掃等を目的とする会社である(書証略)。
債務者の取引先としては、都水道局、交通局、労働局、消防庁、新宿区役所等の官庁関係と、事務所ビル、マンション、スーパー、店舗等の民間関係がある(書証略)。
2 債権者は、平成四年三月一〇日、債務者との間で、次の条件で雇用契約を締結した。
(一) 職種 顧客担当社員
(二) 賃金 月額二五万円(基本給一五万円、担当手当六万五〇〇〇円、福利厚生手当二万円、住宅手当一万円、精勤手当五〇〇〇円)
(三) 賃金の支払日 毎月二〇日締め二七日払い
(四) 勤務時間 午前八時三〇分から午後五時三〇分(休憩一時間)ただし、土曜日は午前八時三〇分から午後三時
3 解雇に関する就業規則の規定(書証略)
(一) 債務者の就業規則(以下「規則」という)三四条二項には、制裁事由として「業務上の命令指示に従わなかったとき」(二号)、「正当な事由なく無断欠勤、遅刻、早退、外出し、業務に熱心でないとき」(三号)、「その他、前各号に準じた不都合な行為をしたとき」(一四号)が規定され、規則三五条二項には、制裁として譴責、減給、出勤停止、退職勧告、解雇(五号)、懲戒解雇がそれぞれ定められている。
(二) 規則三九条には特例解雇が規定され、同条二項二号には特例解雇の事由として、「就業状態及び又は能率が著しく不良で就業に適さないとき」が規定されている。
4 債務者は、平成五年六月四日、債権者に対し、規則三五条二項五号に基づき労働基準法所定の一か月の解雇予告期間をおいて債権者を解雇する旨の意思表示をした(書証略)。
二 争点
本件解雇が有効なものであるか否かであり、就業規則所定の解雇理由の存否及び解雇権濫用の有無が争われた。なお、債務者は、保全の必要性の有無については、特に争わなかった。
第三争点に対する判断
一 債権者の勤務状況(書証略)
1 債務者代表者は、採用時、債権者に対し、債権者の行う日常業務として、官公庁関係については、官公庁を頻繁に訪問して債務者代表者の名刺(希望する物件があれば、名刺に書き入れる)を名刺受けに入れるとともに、官公庁発行のパンフレット、広報誌等の資料を収集し、掲示板にも注意を払うなどして、日頃から施設の建設予定計画等の情報を得るように心掛けること、民間関係については、派遣先の担当者及び派遣従業員と絶えず接することによって派遣先における問題点を把握しこれを解決すること、帰社後に日報を作成して、当日の訪問先の具体的状況等を報告し、かつ収集した資料を提出することなどを具体的に指示した。債務者代表者が債権者に指示した右業務は、債務者にとって、新規の契約の獲得するためにも、顧客先の維持のためにも重要なものであった。ところが、債権者は、入社当初こそは訪問先の具体的状況について営業日誌にある程度の記載をしていたが、そのうちに訪問先を列挙するだけの極めて不十分な記載をするだけで、その報告を怠るようになり、また、施設の建設予定計画等の情報を報告することも、その資料等を提出することもなかった。債務者代表者は、これまでの自己の仕事の一部を分担させるために債権者を雇用したのに、右のような債権者の勤務状況では雇用した意味がないとして、債権者に対し、「何か一つ二つはあるのじゃないか」などと言って注意を喚起したが、原告の勤務態度は、解雇されるまで改まらなかった。
2 債務者は、平成四年四月に竣工したばかりの東京都新宿区立若葉高齢者在宅サービスセンターの用務、定期清掃、冷暖房空気調和機等保守点検業務を新宿区社会福祉協議会から委託を受け、債権者をその担当者とした。右冷暖房空気調和機等保守点検業務については、債務者は、その点検技術を持っていないため、他の専門業者に保守点検を再委託し、その結果を報告書に作成して、新宿区社会福祉協議会宛に提出することになっていた。同年五月一七日に実施された第一回目の冷暖房空気調和機等保守点検において、本体取付けの給気ダクトと環気ダクトが反対に取付けられていたり、天井点検口がなかったり、雑排水ポンプが作動しないなどの不備不良箇所が多数判明し、債務者は、区役所に改善箇所を指摘した報告書を提出した。ところが、債権者は、債務者代表者の了解を得ることも、相談することもなく、不備不良箇所の改善に関し、同年九月頃、国際計装等の施工業者を調べて電話連絡をとるなどしていた。第二回目の冷暖房空気調和機等保守点検(同年八月六日実施)後、債務者代表者は、債権者が施工業者に電話連絡をしているのを聞き咎め、施工業者と直接連絡をとることは止めるように注意した。これに対し、債権者は、不備不良箇所を改善するのがなぜ悪いのかと自己の正当性を主張して反発した態度を示したため、両者の間で口論となった。債務者代表者は、不備不良箇所の改善については、区役所が施工業者と交渉して改善をはかるべきことであって、債務者側で直接業者と交渉するようなことは越権行為であり、今後の受注にも影響を及ぼすとの判断から、債権者に対し、「出過ぎた真似をするな」と右行為の中止を命じた。それでも、債権者は、債務者代表者の右指示に従わない態度を示したことから、債務者代表者は、債権者が今後も右と同様の行為を繰り返すおそれがあると判断して、債権者右センターの担当から外した。
3 債務者代表者は、平成五年三、四月頃、債権者の上司である営業担当取締役中島正五郎に対し、債権者の勤務成績が不良であるので債権者を解雇したいと相談したが、同取締役からは債権者を指導するのでもう少し様子をみるようにとの申入れを受け、これを了承した。同取締役は、債権者に対し、官公庁を巡回した際、その付近の新築、改築現場に掲示されている建築許可票、建築確認、労災保険関係成立票、道路占有使用許可証から建設業者名、建築主、工事の種類、地番所在地等を建築計画書に書いて報告するようにと指示して、建築計画書を手渡した。ところが、債権者は、その翌日、同取締役に対し、「私は、営業は歩合給でないとやらない」などと言って、右建築計画書を返還し、同取締役の業務上の指示命令を拒否した。
4 新宿区は、高田馬場駅西口の予備校を買収し、これを一部改築して、新宿区立消費者センター及びリサイクルセンターを平成五年九月に開設予定であった。右両センターの管理委託業務は、その契約額が年間七〇〇〇万円にものぼるもので、債務者は、会社の将来を左右する重要な契約案件として、両センターの管理委託業務の落札を受けるべく、これを最重点にして営業活動を行っていた(なお、両センターの管理委託業務は、同一日時に指名競争入札を実施し、同一業者に落札される予定であった)。債務者代表者は、平成四年一〇月六日、債権者に対し、両センター宛の参考見積書二通を作成し、これを両センターに提出するように指示したところ、債権者は、右リサイクルセンターに右見積書を提出したが、消費者センターには提出しなかった。中島取締役が平成五年五月頃消費者センターに赴いて右事実が判明したが、同業者は参考見積書提出の次の段階である本見積書を既に提出ずみであった。本見積書の提出には時期を失していたが、債務者は、新宿区役所の担当者に何回か懇請し、急いで見積書を作成し、同年六月一八日に本見積書、同月二一日に最終見積書をそれぞれ提出することができた。債務者代表者は、右の件で債権者を問い質したところ、債権者は、「リサイクルセンターには提出した。言われた通りにした」とだけ述べた。なお、債務者は、右両センターの管理委託業務について、その指名を得られなかった。
5 債権者のその他の勤務状況
(一) 債務者では、ビル管理業の一環として殺虫消毒作業の業務を行っていたが、その作業実施の際には鑑札保持者の立合いが必要とされていた。債務者代表者は、平成四年三月三〇日頃、顧客先担当の債権者に対しても、殺虫消毒の鑑札をとるようにと指示したが、債権者は、鑑札の届出用紙を保健所から貰ってきたものの、右届出用紙を机の中にそのまま放置し、殺虫消毒の鑑札の交付を受けなかった。もっとも、その後、債務者代表者は、債権者が鑑札の交付を受けたか否かを一度も確認せず、債権者が鑑札の交付を受けなかったことによる債務者の業務遂行上の支障も生じなかった。
(二) 債務者代表者は、平成四年四月、債権者に対し、債務者会社が管理委託を受けていたパレー・ウルー(マンション)の派遣従業員である管理人が休養のため欠勤することになり、債権者に対し、管理人業務の代替をするように指示した。右管理人は、債権者に対し、玄関及び各フロアーの清掃、書留、宅急便、訪問者のチェック等の管理人の業務を説明して、業務の引継ぎを求めたが、債権者は、「私は、掃除に来たのではない。掃除はしない」と述べて、玄関先の清掃を行うことを断った。その後、債務者代表者は、右管理人から、「あの人は、どういう人なのですか。これ位やっても良いのではないか」との電話連絡を受けた。
(三) 債権者は、平成四年五月、担当者として東京都新宿区立若葉高齢者在宅サービスセンターに毎日詰めていたところ、債務者から派遣していた清掃作業員が同月二六日以降無断欠勤した。派遣作業員が欠勤した場合、債務者はその代替要員を直ちに派遣しなければならないため、担当者は右欠勤の事実を知り次第直ちに債務者に連絡することが要求されている。ところが、債権者は、清掃作業員の欠勤の事実を知りながら、債務者にそのことを直ちに報告せず、営業日誌に記載したのも翌二七日のことであった。そこで、債務者の江澤睦美取締役は、派遣作業員の欠勤を知らないと、その代替要員を直ちに派遣することができず、債務者の責任問題を生じ兼ねないため、債権者に対し、営業としての心得が足りないと注意した。
(四) 債務者代表者は、平成四年四月頃、債権者に対し、それまで自己が直接担当していた四谷消防署の新庁舎(同年夏改築予定)の清掃委託業務の営業担当を命じた。債務者代表者が債権者に命じた仕事内容は、東京消防庁及び四谷消防署を足繁く訪問し、見積書の提出時期、現場説明、入札の時期等に関する情報を得て報告することであった。四谷消防署の清掃委託業務の入札が同年一一月六日に実施され、入札日を経過した数日後、債務者代表者は、同業者から聞いて右入札の事実を初めて知った。債務者代表者は、債権者から何らの報告がなかったので債権者を問い質したところ、債権者は、落札業者のみならず、入札が行われたことすらも知らず、「あっ、そうですか」と答え、反省の態度を示さなかった。
(五) 東京都新宿区立若葉高齢者在宅サービスセンターの日立機材製高架水槽二台の保守点検について、債務者は、契約金額である年間四万五〇〇〇円の予算の範囲内で外観検査のみを行う予定になっていた。債権者は、平成四年一〇月頃、債務者代表者に相談することなく、分解検査の点検能力を持つ日立機材に対し、高架水槽の点検を依頼しようとした。債務者代表者は、同月一二日、日立機材の社員が貯水槽二台の点検料二〇万円の見積書を債務者事務所に持参して、右事実を初めて知った。しかし、債務者代表者は、委託契約上債務者に要求されているのは外観検査のみであり、右のような点検は委託者側において別途実施すべきものであるとして、日立機材の社員に対して、高架水槽の点検を断った。その際、債務者代表者は、右社員に対しては、債権者から日立機材に見積を依頼したことが推測されたため、点検を断る理由としては見積額が高いことだけを説明した。
(六) 債務者は、平成四年一二月、レッカ企画からサンサーラ東山(マンション)の清掃業務の委託を受け、債権者を清掃作業員の指導監督の担当者として派遣していたが、債権者からは、単に行ってきましたとの報告があっただけで、その具体的な状況報告がなかった。そこで、江澤睦美取締役が、債権者に具体的報告を求めると、債権者は、常に「綺麗でした。大丈夫です」との報告をしていたが、他の従業員からは、手すりが非常に汚いなどと債権者の右報告に反する内容の報告を受けた。
(七) 債権者は、官庁の入札契約の繁忙期である平成五年四月頃、他の社員らが入札のための積算や契約書作成の作業を行っているのを見ながら、「皆さんお忙しそうですね」と言って、出かけて行くので、江澤睦美取締役は、債権者に対し、「営業なのだから積算くらいはやるべきだ」と話してみたが、「それは不得意だからやらない」と言って、他の社員と協力しようとする態度を示さなかった。また、帰社してからも、債権者は、仕事とは関係のない雑談ばかりをするので、このような債権者の勤務態度については、他の社員から不満が出ていた。
(八) 債権者は、債務者在職中遅刻が多く、その回数は平成四年三月二回、同年四月四回、同年五月二回、同年六月一回、同年七月二回、同年九月一回、同年一〇月三回、同年一一月二回、平成五年二月一回、同年三月二回、同年四月二回、同年五月二回、同年六月一回であり、一年余りの間に合計二五回を数えた。もっとも、その遅刻時間は僅か一、二分の場合がほとんどであって、債務者代表者も、債権者に対し、遅刻に関し注意を与えたことがなかった。
(九) 債権者は、出先からの直帰が多く、その回数が平成四年九月及び一〇月には各一〇回と多くなったうえ、直帰する旨の電話連絡だけでその日の訪問先の状況等の報告をしなかった。他の従業員の場合には帰社が原則となっていたため、他の従業員から債権者を特別扱いするのかという非難も出ていた。そこで、債務者代表者は、同年一〇月頃、債権者から直帰する旨の電話連絡があった際、最近直帰の回数が多いこと、一旦帰社して報告するのが原則となっていることなどを注意し、その後にも、一二月は毎年格別に忙しくときには問題が生じることもあるから、必ず帰社して報告するように注意した。債務者代表者の二度の注意により、債権者の直帰の回数は、同年一一月に一回、同年一二月に二回、平成五年一月に一回、同年二月に二回、同年三月に四回とかなり減少し(パレー・ウルー及び大森レジデンスからの直帰は除く)、同年四月、五月には一度もなかった。
二 まず、債務者は、本件解雇の理由として、債権者の勤務状況が規則三九条二項二号の「就業状態又は能率が著しく不良で就業に適さないとき」に該当することを主張するが、就業規則上、三五条二項五号の制裁の性格を持つ解雇と三九条の制裁としての性格を持たない特例解雇が別々に規定され、債務者の債権者に対する解雇通告書の記載によれば、本件解雇は、前者の解雇であることが明らかに認められるから、右事由は、制裁事由を定めた規則三四条二項各号所定の事由に該当すると認められる場合はともかくとして、本件解雇の理由そのものにはなり得ないものと一応解される。
そこで、前記一で一応認定に係る事実に基づいて、債権者の行為が規則三四条二項各号所定の制裁事由に該当するか否かについてみると、債権者の1ないし3の行為は、二号の「業務上の命令指示に従わなかったとき」に該当するものと一応認められる。また、債権者の4の行為は、債権者の職務上の怠慢によるものであって、債務者代表者の指示にあえて違背した行為ではないから、二号そのものには該当しないが、債務者が会社の将来を左右するものとして重点的に営業活動を行っていた契約案件において、債権者が債務者代表者の指示を受けながら見積書を提出しなかった落度は重大であり、債務者がその対応に追われるなど現実に大きな業務遂行上の支障をも与えたものであるから、仮に債務者が指名を得られなかったことが債権者の見積書の不提出と無関係であったとしても、二号に準じるものとして、一四号の「その他、前各号に準じた不都合な行為をしたとき」に該当するものと一応認められる。
なお、債務者が右の行為以外で二号又は一四号の制裁事由に該当すると主張する各行為は、具体的な業務命令の不存在、業務命令違反の積極的態度の不存在などの理由により、右各号のいずれにも該当しないものというべきである。また、債務者は、債権者の遅刻及び直帰行為が三号の「正当な事由なく無断欠勤、遅刻、早退、外出し、業務に熱心でないとき」に該当すると主張するが、遅刻行為については遅刻回数及び遅刻時間の程度に加え、債務者代表者も債権者の遅刻行為については一度も注意することがなかったから、「業務に熱心でないとき」に当たるとまではいえないこと、直帰行為については既に解決ずみの過去の問題であることから、債権者の遅刻及び直帰行為は、同号には該当しないものと解される。
三 そして、債権者の1ないし4の各行為のうちには、個々的にみれば制裁事由に該当しても解雇の理由とまでしえないものもなくはないが、右行為の全部と前記一の5の原告の勤務状況を総合すれば、債権者は、上司の指示命令に反して職場秩序を乱し、その勤務成績及び勤務態度も著しく不良であったいえるから、本件解雇が解雇権濫用に当たるということはできない。
これに対し、債権者は、本件解雇は、<1>談合を行っている事実の一端を知った債権者を排除するためにされたものである、また、<2>営業担当の非常勤取締役であった中島正五郎が常勤となったために、剰員となった債権者を排除しようとしたものであることなどから、解雇権の濫用に当たると主張をするが、本件解雇の理由は、前記一の1ないし4のとおりのものであるから、債権者の右主張は採用しない。
四 以上によれば、債権者の本件各申立ては、被保全権利の疎明がないから、いずれも却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 坂本宗一)